





俳句で味わう新年
あけましておめでとうございます。皆様にとりまして令和八年が素晴らしい年となりますようお祈り申し上げます。今年もどうぞよろしくご教導の程お願い申し上げます。
■門松や おもへば一夜 三十年 芭蕉
チェンライに母と兄を伴ってきたのは2009年の1月だった。爾来17年を閲し、今年は18年目に入る。チェンライの正月は乾季であるが、気温は30度近くに上がる。正月は身を切るような寒さとその寒さが春に向かう喜びとの共存関係にあるからめでたいし、まら新たなる年への希望も湧いてくるというものだ。夏日の正月はどうも気分が乗らない。でも異国にあっても日本人、正月の餅と日本酒だけは欠かしたことがない。今年も尾頭付きのテラピア(イズミ鯛)や出汁巻き卵を前に杯を重ねた。今年も無事過ぎますように。
自分にとって正月は決してめでたい季節ではなかった。1月は冬休みが過ぎればすぐに期末試験、年によっては受験が始まった。日頃不勉強であるから1月というと俄かに本を広げたが、落第点、不合格の不安に苛まれる月であった。社会人になってもそのトラウマは消えず、正月酒を飲んでいると「あれ、俺は今、こんなに呑気に酒を飲んでいていていいんだっけ」と言い知れぬ不安、パニックに陥ったものだ。
でもすぐ思い直す。「もう学校は卒業した。試験はないのだ」。こうしてまた盃を口に運ぶ。試験地獄の悪夢を忘れ、正月酒が楽しく飲めるようになったのは50代になってからではないか。60を過ぎ、北タイで正月を過ごすようになってめでたさも倍加したように思う。この十数年間、無事に楽しく過ごせた。これも日本に生まれたお蔭、皆さんのお蔭と感謝している。あっという間の17年、まさに思えば一夜である。わが人生、なんとか8勝7敗、勝ち越しで終えられそうな気がする。
■老いとおもひ いまだとおもひ 年立てり
去年(去年)今年 貫く棒のようなもの 虚子
元旦や はげしき風も いさぎよき 草城
北国や 家に雪なき お正月 一茶
日本が ここに集まる 初詣 誓子
ネット上の俳句で正月を味わう。正月は寒さとその先にある春への期待が入り混じっている句に味わいがある。新年、気持ちを新たにして「今年こそXXを達成しよう」と自らを励ます、これも若い人にとってはいいことだ。「今年こそ死んでやる」という年賀状を送る老人もいるというから、自分も何か目標をたてればいいと思うのだが、あと何年生きるかな、と茫洋と考えるのみ、お年玉をくれる人はもちろん上げる相手もいない。
新年の決意新たといった句をみてもそれほど感動しない。「目出度さも ちう位也 おらが春」(一茶)といったところか。彼も人々が寿ぐ正月を斜めに見ていたのか、と思っていた。でも調べてみるとこの句は一茶の晩年の句でその年齢にしてようやくわが家を得て世間並みの正月を祝う身になれたと自らを祝福している。 「中位なり」にはたぶんに一茶の謙遜も含まれている。 「わが世の春」とは言っても、人とは違う遅い出発であるためもあるだろう。 控えめながら望んだ落ち着いた暮しを持って迎えた新年の喜びを詠んだ句となっているとか。そうなんだ、知らなかった。この年にして我が家を得て、人並みに正月を祝う今の自分と同じではないか。望んだかどうかは別にして落ち着いた暮らしをしていることに少し感謝の念が湧く。
■AI俳句
今や俳句はAIで作る時代となっている。以下はネットから。
引用開始
あなたの考えをエレガントな俳句に瞬時に変換するAI搭載の俳句ジェネレーター。 テーマやトピックを入力するだけで、5-7-5の音節で完璧に構成された詩を作成し、あなたのアイデアの本質を捉えます。 まず俳句ジェネレーターに希望するテーマやキーワードを入力します。 AIツールはそれをもとに選んだトピックを反映した詩を作成します。 トーン、スタイル、伝統的な形式の設定を調整します。 引用終わり
カエルが池にポチャンと飛び込んでそのあとの静寂を感動的に表す句を作ってくださいというとAIがたちどころに数句作成する。もっと日暮れの感じを出して、と要求すればまた発句する。使用した人の話では自作の句より優れた句がいくつも出てくるそうだ。今、雑誌や週刊誌の俳句投稿頁はなくなる傾向にある。軒並みAI俳句となるからだという。そのAI 俳句の選句もAIで可能。学術論文の作成はもちろん、その論文の査読もAIで行われている。AIが書いた小説が文芸賞の最終候補に残る時代だ。
会社の事務作業、病気の診断、裁判の量刑、判決文、国会の質疑応答も膨大な過去の資料を読み込んでいるAIで可能な仕事だ。資料を読み解いたり、俳句をひねる楽しさは過去のものとなるのだろうか。「AIで 迎えるこころ 味気なし」