






トードタイ再び
■今年を振り返る
早いもので今年も最後の月、師走となった。これから「今年の流行語大賞」を始め、今年の、で始まる事柄がマスコミやネットに溢れるのだろう。自分にとって今年はどのような年であったか。
10月初めに東京からチェンライに戻った。それ以来、ほぼチェンライの自宅に蟄居して、朝はテニス、午後はPCに向かって動画を見たり、原稿を書いたりして過ごす。合間には買い物にも行くし友人と会うこともあるが、比較的穏やかな日々を過ごしている。これが我が日常である。日常とは自分にとってテニス、ネットサーフィン、買い物、料理、食事、就寝といった何気ない時間の連続、繰り返しのことを言う。正にここ2,3ヵ月は普通、当り前の生活の連続、日常生活を送っている。
日常の対義語は非日常だ。 非日常的な出来事というと車にはねられた、病気で寝込む、いつの間にか貯金が無くなっていた、などと悪いことしか思い浮かばない。そう思うと何気ない日常を送る、はかなり恵まれた人生と言えるかもしれない。
それで2025年を通して安定した日常を送っていたか、と思い起こしてみるとテニスとPC中心の落ち着いた日々はそれほど多くないことが分かった。
1月にはチェンマイ、チェンライ県の国境地帯を旅した。タムルアン洞窟も初めて見物したし、ドイアンカーンの桜も見た。3月から5月にかけて東シナ海のコタキナバル、ブルネイ、そしてアンダマン海の島巡りをした。ブルネイではハナサル・ボルキア、ブルネイ国王陛下に謁見の栄を賜った。王様との握手は我が生涯初めての経験、ゴハンをご馳走になり、ずっしりと重みのあるケーキをお土産に頂き、正に恐縮至極の思いだった。
さらに7月から8月にかけて、再びアンダマン海のクラビ、ピピ島を巡ってスラタニから寝台列車でバンコクへ戻る旅も敢行した。あの車内の寒さには驚愕した。朝、バンコクに到着するちょっと前に冷房を切る方法が分かったが、既に遅し。次回は快適な列車旅行ができるだろう。
■時間を気にせずに
こうしてみると今年はチェンライの自宅を留守にした日が多い。あの人は生き急いでいるのではないかと心配されたかもしれない。アンダマン海から帰って、まだ潮焼けの黒い肌のまま、9月初めから約1カ月、日本で過ごした。
人、木石にあらねば、時にとりて、物に感ずる事なきにあらず、ではないが旅に出ればそれなりの楽しさ、刺激があって、やはり来てよかったな、と満足する。でも旅から戻ると、ああ家に帰ってきたとホッとする。宿賃の支払い、舟やバス、飛行機の時間を気にしなくていい。昼寝をしていつの間にか夕方になっていたとしてもあわてる必要はない。ユルユルと起き上がって、酒の肴は、おかずは冷蔵庫のあれを出してなどと考える。ああ、今日も怠けてしまった、お天道様、今日も働いているご同輩に申し訳ない、といった被虐的な感情が湧き上がるのも悪くはない。こうして自堕落な生活ができるのも皆様のお蔭ですと感謝の念も湧いてくる。
■朝市が目的
10月からずっと日常生活と書いたが、当り前の時間を過ごしているとちょっと遠出、1泊程度の旅をしたくなる。11月はチェンマイに1泊、これは友人との会食、その他には県内トードタイに1泊旅行を2度した。
2度目のトードタイは友人のIさんも一緒、2013年に初めてトードタイを訪れた時も彼と一緒だった。行きつけの雲南料理店で夜食、翌朝は朝靄と共に始まり朝靄と共に消える朝市へ行く。市場入り口に6時から9時までとタイ語、中国語で書かれた看板があった。
我々のお目当ては春菊、街の市場で売られていることもあるが平地の春菊は香りが無い。トードタイの春菊は日本のそれに劣らないくらい柔らかく香りが強い。今回は運よく春菊があった。一山20B、3山分購入。朝市で売られている野菜は総じて美味しい。また山岳民族は農薬が買えるほど豊かではないので安心して食べられる無農薬野菜ばかりとか。納豆も5包みと大量購入、おぼろ豆腐は7袋、重さで手が痛くなる。いつもの豚肉店だけではなく牛肉販売の屋台が3カ所ほどあった。豚肉屋に豚の頭部が飾ってあることはごく普通でなれていたが、牛肉屋台に牛の頭部がでんと鎮座しているのには驚いた。
というわけで今、我が家の冷蔵庫には朝市で購入した食材が入っている。昼寝をして起き上がり、冷蔵庫の中を見るとトードタイの野菜で作ったきんぴら、漬物、豆腐などがまだある。納豆は卵かおろし大根か。これが我が日常とすればそれほど悪くない。我が人生、何とか8勝7敗の勝ち越しで終えられそうな気がする。