





雨季でもテニス
■旅のあともテニス
40日余の南シナ海、アンダマン海の旅から帰って1月以上が過ぎた。雨季のさなかではあるが、雨は午後から夜にかけて降ることが多い。朝の早い時間は曇天でもコートは濡れていないのでテニスができる。起床して空が明るければ今日もテニスだ、と気持ちを奮い立たせる。チェンライに移り住んで十数年テニスを続けてきた。年であるからテニスの上達曲線はなだらかに下降していると思う。更に旅に出ていたのでほぼ2ヵ月コートのブランクがあった。そのせいか体の動きがいまいち以前とは違うような気がする。
ラケットにうまく球を捉えたと思っても、ペチッとフレームにあたって、球はとんでもない方向に行ってしまう。球をよく見てないからだよな、などと呟くがこれは違う。
テニスで球とラケットが当たる瞬間をインパクトという。インパクトの瞬間、すなわちラケット面とボールの接触時間は約5/1000秒(0.005秒)と言われている。人間には早すぎて知覚できないぐらいわずかな接触時間である。だから自分が球をよく見ていないのではなく見えないが当り前。プロもインパクトの瞬間を見て打ってはいない。ならばインパクトの瞬間が見えなくても、威力ある球を思った方向に打ち込むにはどうするか。暗唱を繰り返し、場数を踏めば外国語が自然と口から出るように、何千回、何万回も球を打ち返していれば自然と手足が動いて思った方向に球は飛んでいく、とネットには出ている。
要するに練習あるのみ、だ。本来であればコーチに球出しとアドバイスをお願いして練習に勤しめばいいのだろう。でもこれからウィンブルドンを目指すわけでもないし、いわゆる大会に出場する気もない。チェンライでも地区の大会が開かれ、老人組で出場しようと誘ってくれる人はいるが、命長ければ恥多し、目立たぬよう人と競うことなく暮らしていく、が自分の生き方にあっているように思う。
■テニス番付
勝つことが目的でテニスをしているわけではない。1時間とか1時間半、ダブルスの6ゲーム先取のセットを2つ、汗びっしょりになればいくらかの達成感はある。まだパートナーの足を引っ張ってはいないなとの自覚はある。コート仲間は10人ほどだろうか。フイと姿を消して数週間後に現れる人もいれば週に3-4日は来る人もいる。いつもお手合わせしているから実力のほどはお互い知っている。
明文化されたものはないが「チェンライ朝テニス番付」があって、この人は三役格、この人は前頭上位、この人は十両、この人は幕下、とお互いの実力がわかっている。だからダブルスはほぼ実力が伯仲するように組む。幕下でも横綱、大関と組めば勝てる場合もある。この時は横綱がワンマンショーのごとく一人でボールを拾いまくって、幕下は真正面の球に対応するだけ、という形となる。
自分は旅から戻った後、調子が戻らず番付が前頭上位から13枚目くらいに落ちたのではと感じていた。だが雨の日以外は真面目にコート上に立って、ラケットを振り回していたのでなんとか番付を元に戻したのではないかと自負している。先週は月-金5日連続、コートに行ったし・・・。
■孫と言ってもいい年齢のパートナー
旅から戻って、コートでバットという大学1年18歳の青年と組むことが多くなった。彼は身長が180センチ以上あって、動きは敏捷、球に追いつくスピードにはほれぼれするものがある。でも彼はテニスの初心者、サーブは入らない、レシーブはホームラン、スマッシュはネットに引っ掛ける、でどうなることかと思ったが、毎日、朝7時にやってきて黙々と練習をしている。初めは幕下付け出し程度の実力だったが、日に日に上達してもう三役を狙える地位にいる。最近は勝つことを覚えたせいか。テニスが楽しくて楽しくて仕方がないという感じ。ポイントを取るたびに体中で喜びを表す。素直な性格だから上達も早いのだろう。
自分が後衛、彼が前衛、自分はなんとか球を繋ぐだけ、でもリターンが少しでも甘いとバットが長身を生かしてバシッとスマッシュを決める。ナイス・スマッシュ、二人のラケットが軽く触れあう。
若いということはいいことだ。ボレーの調子が上がるにつれて、長身から振り下ろすサーブも正確さが伴ってきて、サービスエースが取れるようになった。バットの上達曲線は右肩上がりだ。
何とかこぎつけたマッチポイント、後衛の自分が相手前衛の左を抜くショットで試合終了。バットが駆け寄ってきて「サンキュー、ナカ」。抱きつかんばかりの喜びようだ。勝敗は気にしていないとは言うものの、やっぱりテニスは勝ったほうが楽しいし嬉しい。