
コタキナバルとランカウイ島、位置関係







ランカウイ島からリぺ島へ
■ランカウイでは休息
ボルネオ島のコタキナバルからマレー半島を飛び越えてランカウイ島へ行った。ボルネオ島は南シナ海にあり、ランカウイ島はアンダマン海に浮かんでいる。ランカウイのランは鷲、カウイは大理石を意味する。南シナ海のラブアン島と同じくマレーシアの免税特区である。1980年代後半より、政府主導で「第二のペナン島」を目指して観光開発が進み、アジア各国はもとよりヨーロッパからの観光客が多数来る一大リゾート地となっている。島の面積は380平方キロというから淡路島、或いは東京23区の約3分の2の面積がある。この周辺の98の島々を含めてランカウイ群島と呼ばれている。島には標高881M のラヤ山があり、海浜リゾートと並んで山の自然を楽しめるマレーシアの穴場リゾートとなっている。
ランカウイ島を訪れたのは4月の初旬。アンダマン海はそろそろローシーズンに入り、天気がいまいち、クローズしている商店、食堂も少なくない。クア市内に泊まったが観光客もほとんど見かけない。2泊したのだが観光に繰り出す元気が出ない。街も自分も活気に乏しく、ホテルでパソコンを眺めたり、ベッドに横たわったりして過ごした。コタキナバルで3日連続、ツアーや島巡りに出かけたので疲れが出たのだろう。長い旅路、こういう日もあってもいい。
ホテルの窓からきれいな虹が見えた。海の向こうでは雨が降っており、ホテルの背後にある山から夕陽が海を照らす、天気がそれほど良くなかったお蔭で虹を撮影できた。少し元気を取り戻し、免税店へ出かけて次に行くリぺ島で飲むワインを買い求めた。
■リぺ島
ランカウイ島からタイ領のリぺ島までは約60キロある。ランカウイのクア波止場から高速フェリーに乗る。ホンダの250馬力のエンジンが3基フル稼働、相当のスピードだ。船内では会話ができないほどのエンジン音が響き、船側には波飛沫が上がる。さすが高速船、この速さなら魚雷を打たれても簡単に回避できるのでは、と思ったが、60キロの距離を1時間30分かけてリぺ島に着いたから、時速にすれば約40キロ、ノットに換算すると約21ノットである。海自の護衛艦もがみを見学したことがある。もがみの最大船速は30ノット、時速56キロとなっているが実際はそれ以上とのこと。船速が速ければ魚雷を回避できる可能性は高まるが、魚雷や砲弾を打ち合う海戦はもう起こらないだろう。
さて、リぺ島沖合に停まったフェリーをめがけて島から小型木造船がやってきた。フェリー船員がリぺ島に行く客の荷物を小舟に引き渡す。そのあと人間が小舟に乗り移る。踏み外せば海に転げ落ちる。足が船と舟に挟まれれば旅行どころではなくなる。自分だけでなくファランにも緊張が走る。自分の左足は小舟へ、右足がフェリーに残って、一時はどうなることかと焦ったが、船員のお兄ちゃんの助けで何とか小舟に移ることができた。5年後はムリ、どころか始めから抱っこしてもらうこととなるだろう。
■入管手続きとリぺ大通り
旅券は上陸前に高速フェリーの船員に全員分を預けていた。波止場に「旅券お渡し所」の小屋があり、そこで各自旅券を受け取ってから入管の小屋の列に並ぶ。それほど時間はかからない。荷物は波止場に置かれている。税関のチェックというより税関自体がなかった。これだったらワインをもう一本買って来るのだった。
リぺ島は「最後の秘境」、「タイのモルディブ」という触れ込みの島だ。リぺ島はアンダマン海、タルタオ国立公園に浮かぶ大小合わせて51の島々の一つだ。決して大きな島ではないがここ20年で急速に観光化された島だ。当時、ビザの書き換えのため隣国に短期の入出国を繰り返す、いわゆるビザランのためリぺ島とマレーシアのランカウイ島へ行くバックパッカーがかなりいたらしい。
リぺ島のホテルについてレストランのメニューを見たらカウパット(炒飯)が1皿200Bとなっていて目の玉が飛び出た。チェンライならせいぜい50Bだ。島にはダイビングショップ、レストラン、土産物店など数十店が軒を連ねる「ウォーキングストリート(大通り)」がある。大通りを歩きながらチェックしてみると浜から遠ざかるにつれて食事価格が安くなることが分かった。それでも炒飯一皿80B、離島だから食材を島外から持ち込む必要がある、この値段は仕方ないところだろう。
丁度、タイ正月のソンクランにあたり、大通りと2階のGH から酔っ払いファランの水鉄砲が遠慮なく襲う。カメラをポリ袋で保護しなければならなかった。タイのモルディブはチェンライの土曜市並みの混み様だったが、これも旅の面白さと言えるだろう。