





令和の米騒動
■本当のことを言ったため辞任
あまり日本のニュースは見ないのだが、日本ではコメの価格が上がって昨年の倍近く、5キロ5千円の世界になっているということは知っていた。チェンライでもササニシキ、福娘などのタイ産日本米が売られている。値段は5キロで1000円くらいだ。これでもタイ米よりかなり高い。我が家でもタイ産の日本米を食べているが、日本のお米に比べれば味はいまいち、でもタイで日本米が食べられるのだから、と感謝している。
そのコメ価格高騰の折、江藤拓農林水産相が石破茂首相に辞表を提出し、受理された。「コメは買ったことがない」発言が「令和のマリーアントワネット」(立憲民主党の小川淳也幹事長)などと批判され、混乱を招いた責任を取ったという。
確かにコメ価格高騰に憤激している主婦にとっては神経を逆なでる発言だったかもしれない。でも別にウソをついたわけでも、悪意を持って発言したわけでもないし、この程度で辞任しなければならないのかな、と思った。
■それほど不足していない
コメ価格高騰というと1993年米騒動を思い出す。1993年米騒動とは、1993年(平成5年)の日本における記録的な冷夏に起因する米不足現象の総称。同年後半から翌1994年前半にわたって騒動が長期化した。
「大正の米騒動」と呼ばれる1918年米騒動に対して、「平成の米騒動」とも呼ばれる。
1993年の記録的冷夏は、20世紀最大級ともいわれる1991年(平成3年)6月のフィリピン・ピナトゥボ山(ピナツボ山)の噴火が原因で発生したと考えられている[4]。夏の気温は平年より2度から3度以上も下回った。
1993年は、梅雨前線が長期間日本に停滞し、いったんは例年通りに梅雨明け宣言が発表されたものの、気象庁は8月下旬に沖縄県以外の梅雨明け宣言を取り消しするという事態となった。日照不足と長雨による影響で米の作柄が心配されるようになった。結果として、この年の日本全国の作況指数は「著しい不良」の水準となる90を大きく下回る74となった。1993年のコメ需要量は1,000万トンあったが、収穫量が783万トンになる事態となり、政府備蓄米の23万トンを総て放出しても需要と供給の差で約200万トン不足し、東北の米農家が自家用の米を購入するほどであった。北東北では翌年の種籾の確保が出来なくなる地域もあった。当時の細川内閣はタイ王国・中国・アメリカ合衆国から合計259万トンのコメの緊急輸入を行うと発表した。
令和の米騒動は備蓄米の放出を50万トンに増やせばコメ価格は下落すると言われている。200万トンのコメを輸入せざるを得なかった1993年の米騒動に比べれば、令和の米騒動は「大したことない」と言えると思う。6月にはいれば沖縄の早場米も市場に出てくる。いずれにせよ早晩、コメ価格は落ち着く。後任の小泉農相はいいときに江藤さんのあとを継いだと言えるだろう。
■大騒ぎすることはないが
1993年と言えば社会人だった。職場でもコメの話題がよく出てきた。でもコメには苦労しない、文字通り「コメは買ったことがない」という同僚が少なからずいることに驚いた。カミさんの実家とか兄弟が農家だからコメは送ってもらえるというのだ。コメがないと言って、タイ米を有り難く食していたのは田舎と縁のない都会育ちだけだったようだ。
コメに限らず、田舎を持つ家庭のエンゲル係数は低い。買わなくても田舎から農産物が届くからだ。金銭の授受が無ければGDPにカウントされない。農業国ではこういった無償取引が横行しているから実際のGDP 値に比べて豊かと言える。更に北欧のように標準消費税率が20%を超えるような国では、入れ歯、タダで入れてあげるからうちの塀を直してね、といった金銭授受のない取引が起こる。この取引は経済活動だが、GDP値には反映されない。
経済と言えばコメは価格弾力性が低いと言われる。通常、価格が高くなれば需要が減り、価格が低くなれば需要は増加する。でもコメは安くなったからこれからご飯を3倍食べようとか、高くなったから5合炊いていたご飯を3合にしようという動きは起こらない。高くても安くても一定の需要はある。価格弾力性の低い品物は供給が少し不足すると価格が高騰する。高騰すると心配になって買い溜めに走る。更に供給不足と価格高騰につながる。この世から米が無くなるわけでもなく、地球温暖化傾向なら冷害の心配もない。作付け面積が確保されている限りコメ不足は解消する。
でも、芭蕉の「我富めり新年古き米五升」の句にあるように家にそこそこのコメのストックがあると安心できる、は日本人特有の心理なのかもしれない。ウチも米を切らしたことはありません