チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

春節の旅(6)

メーサイとタチレクを隔てる川、橋の奥がミャンマー

洪水の泥が残っている

チェンセーンから見るメコン、向かいはラオス

夜の歩道は宴会場

対岸に上がる花火

遠くなのでよく映らなかった

 

春節の旅(6)

■タートンからメーサイへ

チェンマイを出発してチェンダオ、アルノー村を経てドイ・アンカーンの華亮村で一泊、2日目はチェンマイ、チェンライの県境にある船着き場のある街、タートンに泊まった。タートンからチェンライ県の中国村、ドイ・メーサロンまでは車で1時間足らずの距離にある。チェンライの自宅に戻るにしても3時間はかからないだろう。だがこの日は春節旧正月の1月1日に当たる。何も家に帰ることはない。でもドイ・メーサロンには1月ほど前に行ったばかりだったので、メコン河沿いのチェンセーンに行くことにした。

タートンから1089線を走ること約1時間、1号線に出てメーサイに北上する。メーサイはタイ、ミャンマーの国境の街、メーサイ川を挟んでミャンマーのタチレクがある。外国人はこの国境を越えることはできないがタイ、ミャンマー両国民は自由に行き来できるのでメーサイ、タチレクを結ぶ橋は車や人で一杯になっていた。

昨年、メーサイは洪水の大被害を受けた。まだ泥に半分埋まっている店もあったが、中国の物資が集積する街であるからいくらか昔の賑わいを取り戻している。電気製品はチェンライの半額ほどで買える。何も買うつもりはなかったが、Ray Banの金縁サングラスを30B(約130円)と電気アンカを100B(440円)で購入した。サングラスはチェンライの市場では安くても50Bはする。また、BigCで売っていたゴム製の水枕兼湯たんぽが150Bだったことを考えると、中国製電気アンカは安かった。このアンカには水が入っていて通電すると中の水が熱で膨張して電気が切れる。今年の乾季は寒かったからこのアンカは重宝した。タイ化しているせいか18度を下回ると足先がかじかんでくる。毛布にくるまっても足先が冷たくて中々眠れないということがあった。アンカのお蔭で暖かさと幸せを感じたものだ。

 

■国境動画

自称、国境ハンターと呼ばれる人がメーサイ訪問の様子を動画に上げている。昨今、タイ、ミャンマー国境で中国の国際詐欺団が人身売買、オレオレ詐欺をしているというニュースに触発されたのだろうか。「皆さん、ここが泰緬国境のメーサイです。緊張感が漂います。ここから詐欺団のアジトまで連行された人もいるのではないでしょうか」などと言っていた。でもタチレクから詐欺団のいるミヤワディまで陸路で行くルートはあるのだろうか。それにタチレクには中国人の特区や高層ビルはない。タイとミャンマーの国境を隔てるメーサイ川にも驚いたようで「川幅10m足らずの小さな川で歩いて渡れそうです。タイとラオスを隔てる川はもっと大きくて淀川くらいはありました」。淀川とメコン河は同じくらいの川幅なのか。

話はそれるが2016年にメーソートから対岸のミャンマー、ミヤワディに渡ったことがある。両国を隔てるムーイ川の川幅は50mくらいあった。あの川を泳いで逃げてくるには決死の覚悟が必要だろう。

 

■国際詐欺団

ミャンマー国内の事件なのにどうしてタイ政府が介入しているの?ミャンマーに任せておけばいいのでは?と友人が訊いてきた。確かに。以下は知人からの情報。

ミヤワディのあるカレン州は実質的にカレン族が支配していて、ミャンマー軍事政権は全く手を出せない。国際詐欺団の拠点は、生活物資をはじめ重要な商品、物資をメーソートを通じてタイに依存しているため、この地域に対しては、タイが一番影響力を持っている。カレン族もタイに頼らざるを得ないので逆らえない。今までは、タイの現地警察、当局も賄賂を貰って目をつぶっていたが、タイ政府が国際的圧力を受けて、本気で詐欺団摘発に取り組まざるを得なくなっている。結局、ミャンマー政府に当事者能力が無いということ。中国もこの撲滅には熱心だということで、タイ政府も安心して動いているのだろう。

中国マフィアは少数民族国境警備隊、タイの現地警察、それに中国の一部政府高官とも気脈を通じていたに違いない。恐らく中国政府内部での権力闘争の一環で中国が詐欺団摘発に乗り出したのだろう。実はカンボジアでもラオスでも全く同じ中国マフィアの国際詐欺団が摘発されている。得られる利益とコストを比較すると実に割のいいビジネスだ。マフィアは、ほとぼりが冷めればまたどこかで事業を再開するだろう。

チェンセーンの夜は春節で、メコン対岸の中国経済特区の高層ビル群からひっきりなしに花火が上がっていた。メコン河沿いの遊歩道にしつらえられた臨時レストランで焼き魚や焼き鳥を食べながら無法地帯はなくならないだろうな、などと悲観的なことを考えた。(この項終り)