チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

中居・フジ騒動で思うこと

チェンライの花祭りから

同上

同上

同上

チューリップ

中居クンやフジの役員の写真よりいいと思ったので

 

中居・フジ騒動で思うこと

■夏彦翁の名言を思い出す

ここ1,2ヶ月、中居正広の女性問題とフジテレビのコンプライアンス違反の問題、略して中居・フジ騒動でニュースも動画も持ちきりだ。自分としてはこの騒動に関して殆ど関心がなかった。芸能界とかテレビ業界ではいわゆる自分が生きてきた堅気の世界とは違った倫理、道徳観念が蔓延っていて、そういった異質の世界に首を突っ込んであーでもない、こーでもないと正義を振り回しても仕方ないと思っていたからだ。

正義とはイヤなものだ、は昭和のコラムニスト山本夏彦翁の言葉ではなかったか。彼の週刊新潮や諸君のコラムの愛読者だった。彼の随筆は巷に巣食う、うさん臭いモラルや正義、したり顔をばっさばっさと斬り捨てる。「テレビの正義を笑う」「何用あって月世界へ」「大学卒の大半は高卒並み」「問答無用のこともある」「やはり職業には貴賎がある」「分際を知れ分際を」などタイトルを見るだけでも気持ちがいい。

タイトルは思い出せないが、夏彦翁の随筆に「明治の頃の家主は、三者と言って『芸者、役者、記者』には家を貸さなかった、収入が一定していないので家賃が滞る惧れがあったから」といったくだりがあった。その流れで芸者、役者、記者は被差別職業という示唆もあったかと思う。役者は江戸時代から河原乞食と卑しめられていたし、芸者の世界は花柳界と言われ、パトロンと言えば聞こえはいいが金持ちの抱え者、お妾さんとなる女性も少なくなかった。記者も元はといえば「瓦版屋」、江戸時代は人心を惑わすという理由で幕府の取締りにあっていたヤクザな職業、今でこそジャーナリスト、社会の木鐸などと威張っているが、戦前は堅気とは思われていなかった。

 

三者のなれの果て

中居・フジ騒動を見ると芸能人、つまり役者の中居クン、芸者もどきの女性アナウンサー、置屋の女将が芸妓を斡旋するなら問題ないが見た目堅気の株式会社、それなのに女将まがいのアナウンス部長がいて女子社員の人権を守ることができなかった。いや、生まれを辿れば瓦版の流れをくむテレビ会社、社会の底辺でお天道様に背を向けた生業(なりわい)でございまして、といっても今や世間が承知しない。一緒にされてはかなわないというのでトヨタ花王日本生命を始め多くのスポンサーが逃げ出した。「役者、芸者、記者」、三者の流れが引き起こした中居・フジ騒動に夏彦翁も草葉の陰で「やっぱりな」と呟いておられるだろう。

本来であれば芸能界の特殊な道徳感、倫理観の下でこれまでと同じように闇に葬り去られる事件だったのだろう。ジャニー何たらの騒動は英国BBCの報道がもとで明るみに出た。1970年代から素人の自分でもジャニーの問題はほぼ知っていた。一部の週刊誌にはその醜聞が出ていたが、大手マスコミが黙殺したので40年以上あってもなかったことになっていた。渦中の本人が死んでしまったので、というより本人に睨まれて不都合な事態を招く心配が無くなったところでマスコミが騒ぎ出した。

こうしてみるとジャニー喜多川氏と読売の渡邉恒雄氏の死去は裏の世界に閉じ込められていた不都合な事実をまるでパンドラの箱を開けたように外界にさらけ出したように思う。フジの日枝氏が指弾されるのもこの流れか。

ジャニーズ事務所がやっていたなら吉本興業も同じようなことをしていたのではないか、フジがやっているならTBS、朝日,日テレでも同様の事件はあるのではないか。アナウンサーや芸能人との飲み会なら広告代理店、スポンサー企業の担当者も誘われているのではないか。首のあたりがスースーする業界関係者は少なくないのではないかと思う。

高学歴で教養もある人は普通、芸能人にはならない。芸能界は堅気の世界ではない。ジャニーの毒牙に掛かるとわかっていても親が「それも社会勉強ですから」と息子をジャニーズに入れる。こういった親は学歴、教養の前に何か人間として欠落した部分があるように思う。

 

■堅気と信じて就職しても

女性アナウンサーは高学歴、教養もあり、更に美貌であるから採用されたのだろう。まさか芸能人と同じく接待要員にされるとは思ってもいなかったと思う。自分は堅気と思っていても職場はそうでなかった。

昔ほどでないがテレビ会社は高給だという。考えてみると高給と羨ましがられた会社は凋落する。出版、証券、銀行、そして新聞、テレビだ。バブルの頃、これらの業界に勤めていて鼻息の荒かった友人たちを思い出す。

自分の場合、給料は安かったが真っ当な社会人生活を送ることができて本当に良かったと思う。