チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

チェンマイのロイクラトン

パレードを待つ人々

中央、日本国チェンマイ総領事

 

浴衣美女のパレード

企業の山車

灯篭流し

チェンマイのロイクラトン

■タイ全国で

イクラトンは旧暦12月の満月の日に行われるタイの伝統的な祭りである。今年は11月15日が満月の日であった。祭りは15日だけというところもあるがバンコク、スコタイ、ターク、チェンマイ等の観光地では15日を中心に3,4日連続で行われる。スコタイでは一大観光イベントとして今年は11月8日から17日まで10日間もスコタイ歴史公園で開催された。

チェンマイのロイクラトンは15日を挟んで11月14日から17日まで開催された。祭りの内容には各地に特色があり、チェンマイの祭りでは火をともした行灯、コムロイ上げ、花火、それに山車のパレードといった華やかな演し物が一杯だ。チェンマイのロイクラトンも人気沸騰、日本からのツアーは入場券も含めて15万円から20万円、バンコクからのツアーでも数万円はするそうだ。祭りへの参加は無料であるが、祭りのハイライト、コムロイ上げは、会場が限られているため入場券が必要とのこと。

10年ほど前、チェンマイのロイクラトンを見物したことがあるが、その時はいたるところでコムロイが上がっていた。火がついた紙行灯であるから結構危険、あちこちで火事を起こし、飛行機の運行にも支障が出るということで名物のコムロイも上げる場所が制限されるようになった。

 

■パレードを見物

15日の満月の夜は地元のロイクラトン祭りに参加し、灯篭をターサイ川に流した。チェンマイでは16,17日とまだ祭りが続いている。16日夜は山車のパレード、それに花火の打ち上げがあるから見物に来ないかという誘いを受けた。この時期、ホテルは満杯であるがチェンマイの友人宅はベッドルームが2室、ピン川やナラワット橋にも近く、部屋から花火が見えるという。泊ってもいいという好意に甘えて、10年ぶりにチェンマイのロイクラトンに行ってみた。

チェンライからチェンマイまで180キロ、約4時間、両市を結ぶ118号線は拡張工事中で、いつもより多少時間が掛かる。市内に入るとナラワット橋の上は場所取りのためだろう、夜店の屋台がびっしり並んでいた。いつもは何もない川沿いも屋台で一杯。

夜、山車のパレードを見に行った。パレード終点はナラワット橋だ。橋の手前の道路は人で一杯、3重、4重にも人垣ができていて弱気だと山車を見ることもできない。我が地元ではほとんど見なかったファランが一杯、中国語、韓国語も飛び交う。やはり世界的に有名なイベントなのだと実感した。カメラをもって強引に人混みを潜り抜ける。イルミネーションと花で飾られた山車の上で美女が微笑む。米国総領事館、中国総領事館に続いて我が日本国総領事館の山車が来た。山車も国力を反映するのか他国に比べ、ちょっと華やかさに欠けるような気がした。山車に続いて浴衣姿の女子大生、アニメのコスプレ集団、それに柔道着を着た一団が行進する。やはり浴衣、アニメ、柔道が日本の象徴か。

 

■携帯電話を置き忘れる

この夜は花火を見ながらピン川沿いを散策、どこの屋台にも人が一杯、しょぼいが音だけはすごい花火が連続的に上がる。花火の火の粉が道路に降りかかってきた。屋台も客も大騒ぎ、ひゃー、あぶねえな、と思ったがこれも祭り気分を盛り上げる。

川沿いの、いつもは駐車場という広場に多数の屋台が出店しており、その前にテーブル席がしつらえられていた。卓に陣取って焼き鳥や餃子でビールを飲む。花火が上がる。よく見えるように椅子を持って川岸へ出る。特等席だ。

花火を見てソフトクリームを食べて帰路に就いた。歩きながら気が付いた。アッ、携帯をテーブルに忘れた。椅子を川岸に持っていった時、卓上に置いた携帯を取り忘れたのだ。置き忘れて15分は経っている。ここはタイだ。もうないだろうと思いながら来た道を引き返す。1年ほど前、テニスコート横に駐車した車の中にあった携帯がなくなっていたことがある。ブアさんに怒られながら新しい電話を購入した。無くなってもまあ、金で済むことだ。でもン千Bは痛いな。

座っていたテーブルには新しい客が座っていた。もちろん携帯はない。友人が近くの屋台の女性に尋ねてくれた。ああ、警備の人が持っていますよ。テーブルの間を警備員がウロウロしていたことを思い出した。

なんとその警備員のオジサンがコレかい、と我が携帯を取り出す。アー、コップクンカップ、タイでもこういうことがあるんだ。100Bのチップは惜しくはなかった。2024年のロイクラトンは携帯を置き忘れたこと、その携帯が奇跡的に出現したことで忘れられないものとなったと言える。