チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

羽田からチェンマイへ

 

洪水後のチェンマイ市内

何処もゴミだらけ

道路わきの泥

低いところはまだ水が引かない

ゴミ片付けが間に合わない

同上

 

羽田からチェンマイ

LCC(格安航空会社)
今回の一時帰国にもLCCを利用した。LCCの航空券価格はナショナルフラッグのタイ国際航空JALの半額以下である。タイ国際航空でチェンライ-羽田を往復した場合、日にちにもよるが、概ね18万円前後、LCCであれば7万円台からある。但し、安いには理由があって、正規運賃であれば飛行時間は10時間前後、バンコクで1回乗り換えれば済む。LCCだとチェンライから羽田に辿り着くまで乗換え2回、27時間かかる場合がある。更に早朝、あるいは深夜の発着となるので前泊が必要となる。若ければ体力に任せて安価なLCCを選択するところだが、老い先短い下流老人、運賃と飛行時間を勘案して航空券を吟味する。

LCCの航空券価格は変動する。早く買ったから、もしくは出発間際に買ったほうが安いとは限らない。何日か推移をみてエイヤッと予約を入れる。今回はチェンライではなくチェンマイ発着とした。往路はチェンマイを0時35分に発ち、早朝に関空着、関空発成田着が13時25分、所要時間は10時間50分、その日のうちに品川の家に着ける。

復路は羽田発10時45分、広州で乗り換えて17時50分チェンマイ着、所要時間は9時間5分という航空券、価格は6万2千円だったと思う。チェンマイ発着にした理由は、チェンライ発着のLCCは時間が悪く、バンコクで宿泊する必要がある。東京からバンコクに着いて予約したホテルに行くのも面倒だ。どうせ泊まるなら土地勘のあるチェンマイのほうが安心だ。

ロストバゲージ
復路の羽田-チェンマイ中国南方航空だった。前回の一時帰国では羽田-チェンマイ間は中国国際航空だった。この時は北京乗換えのチェンマイ便に乗機出来ず、図らずも北京一泊となった。安いには理由があるということか。中国南方航空も羽田出発が40分ほど遅れた。広州での乗り継ぎ時間は1時間40分あるから今度は広州一泊とはならないだろう。

羽田でもらった広州-チェンマイの搭乗券には15時25分搭乗開始と書いてある。広州到着は15時、チェンマイ便のゲートを空港職員に聞くが要領を得ない。周りを見渡して「国際便乗り継ぎ」の表示があったのでその方向へ進む。ゲートに行く前に厳しい身体検査があった。Gパンの裾を折り返して靴下を触られたがこれは初めての経験だった。

チェンマイ空港には1時間ほど遅れて到着した。中国南方航空LCCではないので機内食が2回出たし、預け入れ荷物も20キロまでOK。小型のキャリーバッグを羽田で預けたがチェンマイで出てこない。ロストバゲージだ。手続きをして「トラベルキット(歯ブラシ、下着セット)はもらえるの?」と訊いたが返事はノー、中国の航空会社だから仕方ないか。

■洪水のあと
ロストバゲージならば補償額は10万円を下らない。友人からもらった佃煮や最中が入っていたが総額では1万円以下。荷物が出てこなければいいが、と願っていたが、翌日の夜、キャリーバッグがホテルに届けられた。南京錠が無くなっており,中を改めた形跡がある。カメラ用の小型バッテリが2個没収されていてその旨を記した紙があった。中国のバッテリはすぐ発火するから神経質になっているのだろう。

チェンマイを襲った洪水のニュースは下火になっていたが、ピン川沿いの地域では停電、断水が続き、通行止めの個所も多かった。乾いた泥は土埃となって視界を遮るほどであったし、家財を道路に出して泥掃除が人海戦術で行われていた。帰国前にチェンライでも洪水が起こったが、洪水は水が引いた後の泥との闘いが本番である。濡れた商品を捨て値で売る店もある。

ピン川沿いには高級ホテル、GHが密集しているが、停電では開業できない。予約客は水のこなかったホテルへ移動した。自分の泊まったホテルも観光客やマンションから一時避難した人で満杯だった。
電気のこなくなったマンションでは冷蔵庫内の食品が腐敗し、冷蔵庫の買い替えが必要となったという。

洪水で被害を受けた人にはお見舞い申し上げるしかないが、一方で被災者、移動観光客で一杯のホテル、泥掃除、ゴミ収集に携わるミャンマー人を中心とする労働者、買い替え需要に沸く電器店など、ウケに入っている人たちもいる。役に立ったとは思えないが大量の土嚢の配給、回収にも相当の予算が費やされるだろう。こうしてみると全体として復興はGDP増加に寄与するのではないか。

禍福は糾える縄の如し、洪水で損した人もいれば得をした人もいるということだろう。ただ、情報を的確に判断し、早めの避難をした人は損害を最小限に食い止めることができた。これだけは次の洪水への教訓として覚えておきたい。