チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

北京からチェンマイへ

近くのサンサーイ市場

コオロギ

季節もののオタマジャクシ

川海老、前はこれで佃煮を作った

ライチの味見

茄子、日本の茄子より水気が少ない

 

北京からチェンマイ

■普通の街だった

中国経済カウントダウン」、「中国経済大崩壊」、「中国経済・破綻の連鎖」といったユーチューブを見続けているので、デフレ、失業率悪化、不動産バブル崩壊など中国経済は完全失速で大変なことになっているのではないかと思っていた。確かにGDPの伸び率や輸出入統計でウソを言わなければならないほど、経済は低迷しているということはわかる。でも北京市内、市内と言ってもバスでホテルから空港までの風景を眺める限り、経済断末魔の兆候は感じられなかった。逆に晩春の緑豊かな光景に心が和むくらいであった。空港もまあ人は多かったし、前日、チェンマイ行きが出てしまった後、急遽バンコク国行きの便をチェックしてもらったが満席で乗機出来なかった。自分の乗ったチェンマイ行きの便も満席で結構家族連れもいた。チェンマイ行きはほとんどが中国人。

減った、減ったとはいえ2024年1-3月にタイを訪れた中国人は176万人で第1位、日本人は第10位で27万人だ。住宅やマイカーを持ち、海外旅行にも行ける中国の中産階級は約4億人と推定されている。日本の3倍強であるが、タイ訪問客数で見れば日本の6.5倍だ。2024年1-3月の訪日中国人数も感染症前に比べれば激減したが、韓国、台湾に続いて123万人となっている。香港からの訪日客を加えれば200万人近くの中国人が日本に来ている。不動産バブル崩壊でみんなローンが払えないのであればこれほど海外旅行に出られないはずだ。GDPも5%成長は正確でないにしても、日本並みの低成長であれば海外旅行には行けるだろう。日本の実質賃金は24カ月連続で前年比マイナスとなっているし、GDPもここ20年ほとんど増加していない。それでもそれなりに日本人は海外に旅行しているのだから、中国だって海外旅行を楽しめる階層がまだまだ健在なのだろう。

 

■ラウンジで北京の印象が好転

北京到着が遅れたため北京発チェンマイ行きの便に乗り損ね、図らずも北京に一泊することになった。管の中から天を窺がうの誹りは免れないにしても一日の経験だけでブログを4本書いた。旅と起業は似ていると言った起業家がいる。ワクワクするし、時には思いもよらないことが起こるからだとか。

空港では中国国際航空のラウンジを利用することができた。カード付帯で利用できるラウンジの数は少なくなっている。成田空港のように紙皿、紙スプーンで炊き出しのようなカレーを啜る程度のしょぼいラウンジしか利用できないというのに年間1万円の年会費を払うのはどうかという人もいる。カード付帯のラウンジを使用する回数は無制限だったが昨年から年間5回までに制限された。本来、ビジネス、ファーストクラスの上客が利用する格調高いラウンジに自分のようなバックパッカーみたいな客が来るのをできるだけ阻止したいという航空会社の思惑があるのだろう。航空会社によってはラウンジの利用時間を2時間に制限している。

幸い中国国際航空はケチなことを言わず、5時間以上の利用を黙認してくれた。制限はあったがWiFi が使えたし、料理も酒類もまずまずの水準に達していた。ケーキやフルーツもあった。フルーツはバナナだったがタイと違って高級果物なのだろう。ただ難を言えば出発予定を知らせる電光掲示板が作動していないため、時折、ラウンジを出て出発時間に変更がないことを確かめに行く必要があった。また、いくら無料からといって飲みすぎると寝入ってしまってチェンマイ行きに乗り遅れる心配があるのでワインは舐める程度。ラウンジの係員が起こしてくれることはまずないだろう。

 

■機内では中国人に

北京発チェンマイ行きの便はほぼ満席だった。前日、羽田で見かけたファランが数人いたがあとは中国人のようだった。LCCではない証拠に食事が配られた。CAは当然のごとく中国語で話しかけてきた。職業柄、話し終えた途端にあ、この人は中国人ではないと気づくようだ。でもすぐに「ビーフ」と言ったので気まずい雰囲気にはならなかった。

数年前、成田空港内の喫茶店でホテル支給の朝食券を提示したら、自分と同年配の店員が朝食セットの写真メニューを広げ、一言「チョイス!」。あの時は何人に見えたのだろう。日焼けで黒光りした顔はとても日本人には見えない。

ともあれ、定刻21時50分に機はチェンマイに到着した。予約したホテルでは「サワディーカ」とにっこりフロントの女性が微笑んでくれた。やっとタイに戻ってきた。ちょっと嬉しかった。