チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

ミャンマーの状況

チェンマイ国立博物館

同上

博物館フロア

ランナー仏

なんとなくしょぼい

この仏頭はいいと思う

 

ミャンマーの状況

■内戦状態

タイとミャンマーは2400キロにわたって国境を接している。ミャンマーにとっても近隣諸国の中で最も長く国境を接する国はタイである。

あまり日本では報道されていないが、現在ミャンマーは内戦状態にあり、ミャンマー政府軍が各地で反政府武装勢力に打ち負かされ、時には戦わずして投降、あるいは政府軍から脱走兵続出という危機的状況に陥っている。

2019年、まだ例の感染症騒ぎが起こる前には、タイの北端の街メーサイからミャンマーのタチレクに行くことができた。そしてタチレクからマンダレーヤンゴンなど空路で行けたし、陸路バスに乗って160キロ離れた東シャン州のチャイントンに行くこともできた。チャイントンは800年ほど前、ランナー王国の首都があった。ランナー王国は当時の元の侵攻を恐れてチェンライ、チェンセーン、チェンマイとコロコロ王都を移して様子を窺った。

幸い、モンゴル帝国の攻撃は雲南大理国で止まったので、ランナー王国は蒙古軍の蹂躙から逃れることができた。ランナー王国の兄弟都市であるチャイントンには何度か行った。昔からの交易の中心地で、エキゾチックなケントゥン・マーケットには様々な衣装の少数民族が行き交っている。でも内戦状態の今はタチレクに入ることもできない。北タイからミャンマー観光へ、はとんでもないという状況にある。

 

■不評だったスー・チー政権

2021年2月にクーデタが勃発し、ミャンマー軍が国家を掌握した。それまで政権を担っていたアウンサン・スー・チー氏がよかったかというとそうでもない。彼女は少数民族ロヒンギャの取り扱いに関して欧米からの非難を受けていた。彼女の夫は英国諜報機関のエージェントだったと言われ、彼女はノーベル賞の賞金でロンドンに豪邸を建てている。お父さんの七光りで民主勢力のリーダーに担ぎ上げられているが、彼女の政権の下では治安が乱れ、自由がなくとも治安を回復してくれる軍事政権を望む声が市民の中にもあったという。スー・チー氏は現在、33年の禁固刑で実質服役中である。1945年生まれの彼女にとっては終身刑に等しい。

クーデタで誕生したタイのプラユット軍事政権がそれほど世界の反感を買っていないのでミャンマーの軍部も世界各国からある程度の支持を得られると思ってクーデタを起こしたという。真偽のほどは定かでないが、説得力のある話である。しかし米国、EUはクーデタを批判、国軍幹部や関連企業に制裁処置を取っている。頼みのASEAN諸国はと言えば明日は我が身の政権が多いことから内政不干渉を唱えて足並みがそろわない。

誰が政権を担ってもミャンマーは混乱から抜け出すことはできない。それは、ミャンマーは大きく分けて8民族、実際には135の部族から成り立っていて、それぞれの言語、文化を持っている。主要な反政府武装勢力は21に上り、約7割の人口を占めるビルマ族の支配を潔しとせず独立運動を続けている。混乱の元と言えば、英国の統治時代にある。分割統治で民族紛争をやらせておけば宗主国の白人に恨みは向かわない。パキスタンからわざわざイスラム教のロヒンギャビルマに連れてきたのは英国だ。ロヒンギャ問題の根源は大東亜戦争で日本がビルマに攻め込んだせいだ、というトンデモ説を英国は流した。高山正之さんではないが白人はホントに悪辣だ。

 

■いつまで続く泥濘ぞ

欧米の制裁の陰で中国がミャンマー軍事政権を支持している。国軍の武器はみな中国製だ。中国と少数民族支配地域は国境を接している。この地区はサファイア、ルビー、ヒスイの産地だ。金さえあれば中国は反政府武装勢力にも武器を売る。19世紀までは武器弾薬が枯渇すれば自然と戦争は終わった。現代はウクライナでもガザでも自国では生産できない武器弾薬で延々と戦いが続く。ミャンマーも同じだ。

今年の4月にタイのセター首相が、ロイターのインタビューに応え、2021年のクーデタで政権を掌握したミャンマー国軍が弱体化しつつあるとし、今こそ協議を開始する好機との見方を示した。

ミャンマーでは反軍勢力がタイ国境に近い主要な町の一部を含む幾つかの軍事拠点や町を掌握した。セター氏は「現政権は幾らか力を失い始めている」と指摘。「接触し、取引をする時かもしれない」との見方を示した。

ミャンマーとタイは何百年にもわたって領土の取り合い繰り返してきたが、現在タイとミャンマーの国軍は親密な関係にある。だからセターさんは本気で仲介に乗り出す気はない。ミャンマーの混乱は終息せず、陸路でミャンマー観光に行ける日は遠い先、と言わざるを得ない。