チェンライの市場から

「市場に並べられた商品からその国の生活がわかる」と言われます。当ブログを通じてチェンライに暮らす人々の生活を知って頂きたいと思います。 チェンライに来たのは2009年から、介護ロングステイは2018年8月母の死去で終わりとなり、一人で新しい生活を始めました。

地域活性化

横浜駅近く

歩くだけで刺激を受ける

赤レンガ倉庫

カフェ店内から、船は飛鳥Ⅱ

彼女とくれば好きになってもらえるかも

無理かもしれないが・・・ロマンチック!



地域活性化

■テニストーナメント
チェンライの市営運動場には9面のテニスコートがある。午前中は、我々の仲間が1ないし2面を使用する。プロコーチが子供やファランにテニス指導をしているが、使用されているコートは2,3面であるから、午前中で全体の半分のコートが使われているかどうかだ。10時以降16時までの日中、9面のコートは暑さのため無人となる。

ただ、土日を利用したテニス大会がある時は別だ。北部学校対抗、或いは我々のような一般テニス愛好家を集めてのトーナメントが時折、開催される。この時は朝からコートに人が出入りし、飲み物や軽食の屋台がコートを取り囲む。お祭り騒ぎだ。

先日、市営運動場のテニスコートで賞金総額400万バーツのテニストーナメントが開かれると聞いた。ジョコビッチナダルのような超一流選手は来ないが、世界ランキング二桁のプロテニスプレーヤーが来るという。チェンライ・オープンだ。管理人が自慢していたが、チェンライのコートは全豪オープンで使用されたコートと同品質という。2カ月ほど前、9面のコートのネットが新品に取り換えられた。それまではネットの網目を通ってボールが相手コートに入るというお粗末さであったが、取り換えはトーナメントを控えての準備であったか。一流のプレーを観戦しても99%、入場料は取られないと思う。

チェンライにはタイで5本の指に入るというサンティブリ・カントリークラブという一流ゴルフ場がある。そこで行われた国際大会を観戦したことがあるが、もちろん無料だった。

■帰って開いたメールから
開催当日の土曜日、コートへ行ってみた。タイのことだから朝から準備をして10時に開会式、10時半から競技開始だろう、と時間を見計らっていったのだが、どうも様子がおかしい。コートはガラガラでひと気がない。屋台は結構出ていたが、高校生のセパタクロ大会をやっていたのでそっち目当てだろう。9面のコートを一回りして、どうもこの日はテニストーナメントはないと確信した。情報が正しいかどうかを確認すべき、はウクライナ戦争ばかりではない。

帰宅して開いた友人のメールに「都市デザイン横浜展」の紹介があった。日本にいた時に何度か横浜を訪れた。横浜は「SUUMO人が住みたい街」に3年連続でトップに立っている。横浜駅から馬車道を通って赤レンガ倉庫の広場、そして大桟橋から山下公園に至る道は歩いても、景色を見ても、歩く人を見ても楽しかった。自然、歴史、最先端の建築がうまくマッチしていて生きている歓び、都会のセンス、希望を感じることができた。その源は何だろう。友人の紹介してくれたユーチューブにその解答があった。

2022.02.21 個性と魅力あるまちづくりを目指して ー横浜都市デザイン50周年事業のご紹介ー - Bing video


横浜みなとみらい構想は50数年前の飛鳥田市長時代に遡る。先人の雄大な構想とそれを具現化していくブレーン、そして事業計画に住む人を巻き込んでいくダイナミズム、横浜都市デザインは30年後を見据え、今も進行中である。

地域活性化
街づくりは構想や予算、頭脳はもちろん必須であるが、住む人々が自分で考え、率先して行動しなければならない。20年以上昔になるが、ドラゴンボートで町興し、村興しをしようという町村があったが、成功例は殆ど聞かない。地域振興は県や地方公共団体の仕事と考え、自分たちが率先して動くという地域住民が少なかったせいである。東京のコンサルタントを雇って、アドバイスを受けても自分からは動かない。大体、ドラゴンボートで地域が活性化するといった構想がダメだ、と個人的には思っていた。

みなとみらい線の各駅は改札を出たとたんに、この頭上にある街がイメージできる。駅構内が一つのコンセプトで統一されているのだ。

馬車道は、かつては活気に乏しい商店街であったが、商工会が率先してデザイナーを雇い、思いのたけをぶつけた街づくりを行った。街は活性化し、マスコミに取り上げられた。それを見た元町、伊勢佐木町、中華街、関内は燃えた。負けるものか。馬車道とは違うデザイナーを起用し、自らのコンセプトを作り、それを後ろで横浜市が応援、指導した。燃える集団は強い。

チェンライに客を呼び込むにはどうしたらいいか、とホテル経営者に質問されたことがある。雄大な構想とそれを可能にする頭脳集団、潤沢な予算、そして地域の魅力を伝えたいという多くの人々の尽力なしには、すべて画餅に帰す、という横浜の例を知っていればもう少しましなアドバイスができたのでは、と反省している。スポーツイベントの開催は地域活性化の末端の策に過ぎない。
 

 

日本米は美味しい

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昨秋の日展から

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同上

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同上

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同上

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西欧の母子か

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ぬいぐるみに伸ばした手に視線が行く仕組み



日本米は美味しい

■日本米
日本にいた時、十数年前と比べ、お米のご飯が美味しくなっていることに気付いた。親戚に新潟の人がいて、飛び切りの新潟産の米を融通してもらっていたから、自分だけ特別に恵まれていたのかと思ったがそうでもない。近くの弁当屋で買った弁当のご飯も美味しい。一度、スーパーでホカ弁を買ったことがあるが、やはりご飯が美味しい。タイでも日本米と称する米を精米所で購入していたが、日本で食べるお米とは旨味、甘味、粘り、香り、あらゆる点で格差を感じる。

昭和46年から米の食味官能試験という試験が日本穀物検定協会で行われている。産地ごとに「香り・外観・味・粘り・硬さ」に「総合評価」を加えた6項目において優劣を評価しランク付けしている。この試験で米は特AからB’の5ランクに分けられる。特Aに選ばれた米には、北海道のこめぴりか、山形県つや姫新潟県魚沼のコシヒカリ、秋田南のあきたこまち岩手県南のひとめぼれ、山形県はえぬき、熊本県城北のヒノヒカリなどがあり、いわゆる銘柄米が目立つ。

こめぴりか、つや姫は比較的最近に開発された米で掛け合わせ、品種改良が日進月歩で進んでいることがわかる。コメの味は品種ばかりでなく、精米法、炊飯器によっても左右される。日本の炊飯器は中国では作れないそうだ。美味しくご飯を炊くための何十年にもわたって開発改良された技術が一つの炊飯器に込められている。

また最近は米粒が大きくなっている。粒が大きいと茶わんによそったご飯の間の空気が増えて美味しく感じるとか。ご飯を美味しくするための絶え間ない努力が今も続いているわけだ。

■日本米が増えた
チェンライに来た頃、日本米はチェンマイにある日本食専門のスーパーで売っていた。チェンライで日本米を栽培、精米している邦人がいて、そこの米も買っていた。タイ米に比べ日本米の栽培には手が掛かり、少々高く売れてもタイ農家は作りたがらない、と聞いていた。つまり日本米は希少品の扱いだった。

ところが今回、帰ってみたら、チェンライのスーパーで数種類の日本米が販売されていた。寿司米、あきたこまちコシヒカリなどと袋に書いてある。値段は5キロで600円から750円ほど。
コシヒカリ(5キロ750円)を買った。これまで近くの精米所でカオ・イープン(日本米)を買っていたが、その米に比べると確かに美味しい。親戚から送ってもらっていた新潟産の米に比べることは土台、ムリだが曲がりなりにもタイでコシヒカリが食べられるのだから満足すべきだろう。

■ウズでもご飯を
ウズベクにいた時、JICAのタシケント事務所長が、協力隊員、SVを前にして、ウズでは日本米が食べられるだけでもありがたいと思わないといけませんと話していた。日本米はもちろん、キムチや豆腐も市場で売っていた。というのは1930年代に、日本との闘い必至とみていたスターリン沿海州にいた朝鮮人約18万人を片っ端から捕まえて、ウズベキスタンカザフスタン中央アジア強制移住させたからだ。6500キロ、シベリア鉄道での移動は苛酷で、貨車からポンポンと遺体が捨てられたという。

ウズにはその子孫、約20万人が居住している。もともと、農民だった人が多かったので、酷寒猛暑のウズにおいても米作をつづけ、そのお陰でウズの在留邦人はお米のご飯を食べられる、というわけだ。味はどうだったかというと、他の発展途上国に赴任した仲間に比べ、お米が食べられると思うだけで美味しく感じていたと思う。思えば有難いことに海外生活を含め、米の飯は常に自分についてまわってきた。

■総合技術の芸術品
コシヒカリ一つとっても魚沼産に負けない美味しいコシヒカリを作ろうと日本各地で農業試験所、農家が水やり、施肥、潘種時期の選定など切磋琢磨の努力を続けている。コシヒカリを親にした品種改良も盛んだ。精米機、精米技術、炊飯方法の改良、あらゆる技術が結集した芸術品が日本のご飯だ。家庭の主婦だって、水加減、蒸らし方などこの芸術に参加する余地がある。

タイでも日本米の作付け面積は増えているし、中国の富裕層は日本米を輸入して食べている。米は日本の立派な輸出品となっている。国内だけでなく、世界中の米を対象とした食味官能試験が行われるようになっても、銘柄だけでなく、精米、炊飯技術を含めた総合技術力で、上位をすべて日本産米で占めることは間違いないと思う。タイ産の日本米も美味しくなってはいるが、技術は一朝一夕で移転できるものではない。

 

 

戻って4カ月

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昨秋の日展から

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全体の中に女性がいる

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これは女性が中心

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注目するところは?

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百合の花を強調

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日展仏画は珍しい

 


戻って4カ月


■規則正しい生活
昨年の11月にチェンライに戻って以来、短パン、Tシャツの服装で過ごしている。人と会うとき、バイクに乗る時は長ズボンをはくが、それもGパンは少なく、モンホームと呼ばれる北タイ特有の紺のズボンが多い。服装は変わり映えせず、毎日の髭剃り、3週間に一度の散髪、週5日のテニス、と比較的規則正しい生活を送っている。

ほぼ2年、運動らしい運動をしていなかったせいで、体の筋肉が落ちていた。テニスも最初の1,2カ月は、膝や腰が痛くなった。階段の手すりに縋って上り下りする自分をブアさんが「コンケー(年寄り)」とあきれて見ていた。もう年貢の納め時、楽しみはパソコンだけになるか、と覚悟していたが、3カ月も経つと脹脛に筋肉がついてきて、体の痛みが次第に薄れてきた。試合をしても勝ち星が先行する。1日2試合、週5日で10試合こなすのであるが、このところ7勝3敗だ。こうなると、健康のためというよりゲームが楽しくてコートに行くようになった。汗びっしょりになるのもなぜか達成感がある。体が動くうちがハナ。

チェンライに戻ってからの懸案事項であった1年ビザの取得もクリア、車やバイクの車検、付保も一段落、個人的生活は落ち着いているのだが、ロシアのウクライナ侵攻がまだ続いていて、重苦しい気持ちになる。

ウクライナ情勢
日本のニュースは、国連条約を破り、力による現状変更を行っているロシアは許せない、攻められて可哀そうなウクライナという善悪二元論が目立つ。善玉ゼレンスキー、悪玉プーチンが定着しているようだ。短期決戦でロシアがキエフを占領し、傀儡政権ができていれば、力の前に西欧は屈せざるを得なかったと思う。でもロシアの思惑に反し、西欧は結束してウクライナを支持し、金融、貿易でロシアを締め上げている。

天然ガス原油をロシアに依存していたドイツは即座に旗幟を闡明にした。
ドイツのショルツ首相は、ロシアの侵攻が始まった2月24日にテレビ演説を行い、この戦争はプーチンの戦争だ、とプーチンを呼び捨てにし、プーチンの勝利はないと宣言している。

同じ2月24日に岸田首相はコメントを求められ、「プーチン大統領の発言などさまざまな報道があります。まずは情報の収集、そして事態の把握に全力で取り組みます。いずれにしても情勢は緊迫しておりますので、G7をはじめとする国際社会と連携しながら取り組んでいきたいと考えます」と述べた。

その上でウクライナにいる邦人保護について「まずは情報収集、事態の把握に努めてい
ます。その中で邦人の安全確保、これは重要な課題です。何が適切なのか、情報、状況をしっかり把握したうえで、的確に対応していきたいと考えます」と強調した。

日本も即座に「一方的な力によるロシアの侵攻は断じて許すことはできない」と言っていたら、日本の評価は高まり、アジア各国からの信頼も増したと思うが、やはり「検討使」の岸田さんにはムリだったか。

■勝つ方につく
戦争は勝たないとダメ、勝たないまでも敗けてはダメという。これに従えば、戦争していなくても勝つ方に付く、これが鉄則だ。その後の岸田政権はウクライナ側に立って積極的に発言、行動している。毛ガニやタラバガニ、ウニや紅鮭が食べられなくなってもここは反ロシアで頑張るべきだろう。

第一次世界大戦で日本は地中海に駆逐艦8隻からなる第2特務艦隊を派遣した。その活躍は日本を大戦後、世界の5大国の一つに押し上げることになった。
カニイクラを我慢すれば日本の評価が必ず上がるとは言えないが、頑張っている態度を国家として示すことが必要だ。またロシアが経済的、政治的にへたれば、北方4島が戻ってくる可能性がある。

ロシアは歴史的に火事場泥棒を繰り返してきた。日ソ中立条約の一方的破棄はもちろん8月17日には占守島に侵攻した。ウクライナは勝てないのだから降参しろという人がいる。でも降参したら暴行、略奪、強姦、虐殺、そしてシベリア連行が待っている。その程度の想像力もない人がテレビに出ていることを不思議に思う。
ロシアは3月に入って北方でミサイル演習を行い、艦艇が津軽海峡を通過した。自分たちが火事場泥棒をしてきたから、ウクライナの隙に日本が北方領土に上陸するのでは、の危惧を持っての示威活動だろう。

この際、北方領土の住民に投票で日本人になりたいかどうか聞いて、その要望に従って日本領に編入する、そのくらいの謀略活動を行ってもいいと思うのだが。

季節と停電

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フォルツァ350

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郊外に広がる稲田

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稲を植えてない田んぼも多い

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ここはトウモロコシを植えていた

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暑季に咲くレモンイエローの花

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この頃は機械植え、見た目がきれい

 

季節と停電

■暑季到来
3月に入って気温が上がってきた。チェンライでは3月から5月までが暑季とされていて、最高気温が40度になることもある。先月2月の平均最高気温が31.3度であるのに対し、3月は33.8度と2.5度も高くなる。2.5度?大したことない、と言うなかれ、世界経済フォーラムのレポートによると、産業革命以前に比べ、現在の地球の平均気温は1度上昇しているが、現状の経済活動を継続すると、平均気温はさらに1度上昇し、2度となる。平均気温が2度上昇すると、世界の珊瑚は壊滅的な損害を受け、干ばつと洪水が頻発すると言う。

単純な比較はできないが、ひと月で平均最高気温が2.5度上昇すると、暑さを実感する。2月には使用しなかった扇風機が出番を迎えたし、テニスをしていても9時半を過ぎると発汗量が半端でなくなる。汗ダラダラで水分、塩分の補給を忘れると、足指や脹脛が攣ったりする。直射日光のもと30度以上のコートを走り回るのは自殺行為に近い、と思うのであるが、ゲームの合間に飲む冷水の旨さには代えられない。3月も下旬になれば雨季を迎え、スコールのあとの涼しさも味わえる。

昨年、一昨年の3月は東京で桜の花を楽しんだ。陽光の下の桜や、缶ビール片手に見物していた人々を写真で眺めると、日本の春はいいなあ、と思う。それでも暑季の暑さの下で伸び伸び手足を伸ばす爽快さも捨てがたいと思う。

フォルツァ試乗中
購入して1月以上経つが、新型フォルツァのナンバープレートがまだ付いていない。陸運局への手続きはホンダショップで代行してくれたので、こっちはただ待つだけ。ナンバーがなくても、警察に捕まる恐れはないと言うので、試し乗りですでに500キロほど走っている。フォルツァ350はメータ―表示個所に外気温が表示される。道路は太陽で熱せられているから、温度表示は36度とか37度を差している。転倒した時のことを考えて、長袖であるから、走行しているときはともかく、停車すると熱気が体中を包む。爽快なツーリングとはほど遠い。そういえば体に水をかけ、蒸発熱で体を冷やしながら長距離走行したことを思い出した。

とにかく、手に入れた初日に転倒したので、何時も左右前後を確認しながら運転している。体の傷も癒えて、咳をしてもアバラの痛みは感じなくなった。足の瘡蓋も取れて久しい。
事故直後、ケチな自分としてはブアさんの指示に従って、坊さんへのタンブンのお金もはずんだし、お寺にお礼参りもした。ブアさんから偉いお坊さんのレリーフ入り数珠を渡されて、運転時には首から掛けている。結構大きな数珠で邪魔ではあるが、掛けていなくて何かあったら何を言われるかわからない。数珠をかけた姿はチェンライの織田無道と言ってもいい。外す時間を次第に増やしていきたい。

■生活インフラ
ここは日本でないから、なんだかなあと思うことはある。例えば、停電、断水だ。ウズにいた時、停電は日常茶飯事だった。ウズに比べると、チェンライは停電回数、時間数は少ない。でも10年前はチェンライでも停電、断水は今より多かったと思う。

11月に戻って以来、停電、断水を経験していない。インフラ整備が進んでいることを実感する。道路インフラも「役人や政治家が私腹を肥やすだけ」と言われている割には、整備が進んでいる。チェンライとチェンマイを結ぶ118号線も数年以上工事を続けていたが、今は開通して、道路も一部2車線と広くなって便利になった。新しいバイパスも次々にできている。車1台しか通れなかった泥んこ道も道幅が広がり舗装されている。この道ではよく車が崖下に落ち、近くの象キャンプから象さんを連れてきて、ロープで車を引き上げたもんだ、はもう昔話になりつつある。

これから雨季に入る。雨季のスコールは時に雹を伴う短時間の暴風雨となることがある。こんな時、ふっと電気が消える。パソコンも真っ暗になる。雨が降っていなくても、遠くで雷がゴロゴロなっているな、と思うと停電する時がある。概ね30分以内に復旧するので、その間、ベッドに転がっている。もう慣れているのでうろたえることはない。でもウズで初めて停電に遭遇し、パソコンの資料が消えた時には恐慌をきたした。あの頃のナイーブさを今ではなつかしく思う。

日本では停電、断水は大きな社会問題で、マスコミも大騒ぎすると思うが、世界では停電、断水のない国の方が珍しいのではないか。如何に日本に住む日本人が恵まれているか、この幸せを守るために何をしなければならないか、一寸先は闇、は停電ばかりではない世界情勢となっているから猶更だ。

 

 

入国制限緩和

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チェンライ、ワット・プラケーオ

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望遠で

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このお寺は蘭の花でも有名

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いつも花がある。

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チェンライ中央市場に近いお寺

 

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入国制限緩和

■ニュースはウクライナだけ
ロシアのウクライナ侵攻で、オミクロンも岸田政権のだらしなさも韓国大統領選もニュース価値がなくなったかのように思われる。漸く日本ではいわゆるマンボウ、蔓延防止等重点措置が全国的に解除される。つい先日の諮問員会で「感染者数は増えてはいないものの高止まりで新型による感染拡大も心配される」のでマンボウが継続されることになった。感染者数の減少が見込まれるとしても、マンボウの解除により感染が拡大したら責任を追及されるかもしれない、飲食店、娯楽施設には申し訳ないが補償金も出していることだし、安全を見てマンボウ続行ということになっていたのではないか。

国民の健康を第一に考え、というがその陰で助成金補助金に名目で国費が垂れ流され、ビジネスは停滞する。そのコストは結局、国民に掛かってくるのだが、誰もそれを言わない。助成金の不正受給を受けた新聞社、テレビ局の人が、逮捕されているが、このような不正受給は相当数に上るのだろう。国費のばらまきは、出すほうも貰う方もモラルが低下してロクなことにはならない。早く、感染症前の生活に戻り、通勤、通学してその本分を果たす、これが真っ当な生き方ではないか。働かずにお金を貰う、試験無しで単位がもらえる、これは人をダメにする。

働かずに年金で暮らしている人間が偉そうに言うべきではないけれど。

■日タイ、入国緩和動向
在外の邦人が日本に帰国する際、3回のワクチン接種を受けていれば無条件に入国、移動できる。2回しか接種していなくても入国時に3回目を接種してもらって、移動は自由となる。外国人については入国緩和が進んでいるが、岸田政権の「水際対策」は国民に受けて、内閣支持率向上に寄与したのでまだ厳しめだ。各国の様子を見ながら遅ればせに対ロシア制裁措置を取る岸田政権であるから、思い切った独自の緩和策は打ち出せないだろう。

ところでタイの入国緩和策はどうなっているか。プラユット政権はタイ国内の感染者数が増加しているにも関わらず、果断な入国緩和策を打ち出している。日本も見習ってほしいくらいだ。
まず、感染者数の推移であるが、昨年12月は1日平均3千人ほどだった。現在は1日2万人を越えて高止まり傾向だ。タイ国内の感染は拡大している。
こういった状況であるが、3月にタイ保健省はパンデミックをエンデミックへと移行する4段階の計画を発表し、段階的に規制を緩めていき、7月1日にはパンデミックは終了とし、エンデミックを宣言するという。これによりすべては通常通りの生活に戻る。

保健省によるエンデミック移行計画は4つのフェーズに分かれている。

第1フェーズ(3月12日から4月初旬):Combatting
病気の蔓延を抑えるための対策に焦点

第2フェーズ(4月から5月):Plateau
感染者数を低く抑えることに焦点
4月から5月には、テスト&ゴー到着初日の検査をPCRからATKに変更する。

第3フェーズ(5月下旬から6月30日):Declining
1日あたりの新規感染者を2,000未満で維持することに焦点
5月下旬からは6月には、ワクチン接種済みなら入国時の検査を不要とし、バーやパブなどの娯楽施設を再開可能とする。

第4フェーズ(7月1日):Post-pandemic
パンデミックからエンデミック(風土病)に移行する
7月1日には、入国制限を撤廃し、ワクチン非接種者であっても検査なしで入国できるようにする。

■東南アジアは緩和促進
どうやらタイは一気に規制緩和の方向へ進む気配が濃厚だ。現在はテスト&ゴーの規制があり、タイ入国者は1泊のPCRホテル隔離が条件となっている。またコロナ保険の付保、出国に際してのPCR 英文検査証明書等、いろいろ準備が必要でコストもかかる。まだタイ行きの航空便も少なく、日本から来る場合、諸費用は片道で10万円ほどかかる。
2020年以前はバンコク―東京、往復5万円以下という格安チケットもあった。

自分は朝、チェンライを発って、午後にチェンマイ発、台北行きの便に乗り、台北で1泊、翌日に日本各地へ、というコースがお気に入りだった。機内滞在時間が3時間なので、気分的、体力的に楽である。台湾は現在、外国人観光客の入国を認めていないが、今年後半には入国制限緩和が見込まれている。次回の帰国は台北経由となりそうだ。

3月からバリ島、ベトナム、マレーシアでは入国制限解除となっており、東南アジアで観光客争奪のため、一層の規制緩和が見込まれている。中国人のインバウンドはもう望み薄であるが、一度、いやまた日本に行きたいというタイ人はたくさんいる。アジア各国の対策を参考に日本も早く「水際対策」の解除を決定してもらいたいと思う。

 

添付写真あれこれ

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あちこちにこのような溜池がある

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田舎の道は殆ど車が通らない

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溜池には蓮の花がある

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我がフォルツァ350

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魚がいるらしい

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溜池だが水草に被われている



添付写真あれこれ


■ブログの添付写真
我がブログへのクレーム、コメントは殆ど無い。ないというより、そもそも関心を持たれていないからだろう。でも時折、文章の内容と添付写真が一致していないとのお叱りを受ける。いつのころからか、ブログに写真を6葉付けるようになった。カメラ持参で旅行に出た時などはかなりの写真を撮るからブログ添付写真に困ることはない。でも旅行記が終わっても延々と名所旧跡の素人写真をアップし続けるのは失礼だし、自分でも釈然としない。

そこでチェンライの花祭りで蘭の花を中心に大量の写真を撮って、ブログの内容とは関係ないが目の保養にと花の写真を添付することにした。また帰国中、2,3度、絵画展に出かけた。最近の日展では撮影は原則自由だ。それに絵画の展示方法、採光にも工夫が凝らされていて油絵からの光反射がない。カメラさえよければごく自然に撮れる。もちろん、プロの写真とは違うが、我がブログに添付する程度であれば十分である。昨秋の日展では女性の絵を、顔のアップとともに撮った。女性像において顔は重要だ、という当たり前の感慨を持ったが、意図的に女性の顔以外に焦点をもっていく画家もいる、ということにも気づいた。

■自由に撮影できる場所
添付写真に困るとつい、花祭りの蘭、それに絵画展の絵画のストックの中から6枚選んで使用する。撮影した時はこれだけあれば1年は十分使えると思っていたが、いつの間にかこれは使ったよな、という写真ばかりになってしまった。無数に撮ったと思っていても、実際はそれほどの枚数がない。更によく撮れていると思う写真は少ない。

フィルム写真の時は一写入魂、決して間違いのない構図を心掛けたものであるがデジタルで何枚でも撮れると思うから緊張感に欠けた写真となるのではないか。心の緩みは結果に顕われるような気がする。

携帯で写真を撮ることは殆ど無く、超望遠83倍ニコンP900 を下げて写真を撮る。日本でこんなカメラを下げていたら、盗撮目的ではないかと疑われる。確かに公園などで池の畔の茶屋などを撮れば若い女性が写り込むことがある。明治公園で桜を超望遠で撮ったら、あんぐりと口を空けてお握りを頬張るお母さんが写っていた。アンタ、盗撮していたでしょ、と警察に突き出されても申し開きができない。カメラを持っている人間は変質者かと疑われるような気がしていた。京都の神社仏閣は基本的に撮影禁止、日展のように撮影自由の場所は少なかったし、その前に目に見えない自主規制があって、それに従っていたように思う。

■高級カメラが欲しい
その点、タイはまだ自由、子供も女高生も喜んで被写体に納まってくれる。でもあまり人物写真はない。撮りたいほどの美少女がいないせいかもしれない。旅に出るならばいざ知らず、ちょいと市場に出かけるときに、1キロ近いニコンを下げていくのもどうかと思われる。
タイに来てからカメラも3台目となり、画素数もアップし、望遠機能などカメラの性能は飛躍的に良くなっている。初歩的ではあるが画像の編集方法も本で習った。友人にウズにいた時より、写真がかなりマシになったよー、と褒められた。テニスばかりでなく、撮影技術もいくらかは進歩の兆しが見て取れるのではないか。

写真はテニスと違って「道具」の良さが如実に結果に顕われる。日本の公園で熟年のご同輩が望遠レンズ付き、或いはミラーレスの高級カメラで生物写真を撮っていた。デジカメは2010年に1億2千万台ほど出荷されたが、2018年には880万台へと激減している。娘に言わせればスマホがあればデジカメなんかいらないよ。まあそういう時代だが、ゆとりのある熟年世代には日本の個人消費額を高めるためにこれからも高級デジカメを購入し、あちこち気軽に撮影旅行に出かけて頂きたいものだと思う。

自分もフォルツァ350を手に入れてから、座席の下にP900を入れて、チェンライの風景を撮りに出かける。数年前のラオス旅行の折、とんでもない穴ぼこでスクータが飛び跳ねたことがある。人間が飛んでいかなかったのは幸いだったが、衝撃でP900に障害が出るようになった。ファインダーからの視界がボケるし、動画撮影時に画面が停止する。でもオートで写真撮影する分には支障がない。これ以上おかしくならないようバスタオルで丁寧に包んでスクータに収納している。

愛着あるカメラであるが、最近はよく売れているというソニーの高級デジカメをネットで調べたりしている。先天的に浮気性なのか、と悩んでしまう。

 

弥生三月ヘイズ(煙害)月

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昨秋の日展から

 

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表情、

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視線が

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それぞれ違う

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日本女性という感じ

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優しさが顔に滲む


弥生三月ヘイズ(煙害)月

■チェンライの3月
春寒次第に緩み、ひと雨ごとに春の息吹が立ち込めてまいりました。皆さまいかがお過ごしでしょうか(日本の場合)。

3月に入って遠くの山が霞むようになった。春霞というと秋の霧と並んで平安時代から和歌に詠まれてきた。春霞は空気中の水滴によって視界が悪くなることをいう。チェンライで山が霞んで見えるのは、靄や霧などの水滴によるものではなく、山焼きの煙によるものだ。もちろん健康に良くない。チェンライではこの時期、PM2.5 (小粒子状物質)情報を出して注意を呼び掛けている。このところ「心疾患や肺疾患を持つ人、高齢者、子供は、長時間または激しい活動を減らす必要がある」というレベルで推移している。

高齢者がテニスなどしてはいけないのであるが、咳き込むほどではないし、またこの季節がやってきたなあ、と思う程度。北タイは特にPM2.5の 濃度が高い。それはタイ国内ばかりでなく、ミャンマーラオスで行われている山焼きの煙がタイに流れ込んでくるからだ。

タイ国内でも山焼き禁止を毎年呼び掛け、罰金制度もあるのだが、貧しい山岳民族は山焼きを行って耕地と肥料を確保する。肥料は山を焼いた後の草木灰、タイより貧しいミャンマーラオスの農民にとっては山焼きができなければ作物が育たず、死活問題となる。自分の健康も心配であるが、問題の根本は貧困にあるのだから、あまり山焼きを非難することはできない。

■チェンライのおすぎとピーコ復活
3月の初めに兄が東京から戻ってきた。兄は昨年9月に帰国したから約半年、東京で過ごした。感染症騒ぎで海外との行き来が難しい時期に往復したには訳がある。母が亡くなったのを機に東京の家を取り壊し、新たに家を建てるためであった。数十年住み続けた家であるから、衣服、調度、書籍、写真、その他ガラクタが家に充満していてそれをまず片づける必要があった。本やCDは段ボール数十箱に詰めて業者に引き取ってもらった。写真も父母が写っているものはもちろん、自分の写真も殆ど捨てた。それでも自分だけでは処分しきれず、兄が3日の隔離を含む14日間の待機をものともせず、帰国し、在宅中は断捨離の処分作業に邁進した。それでも家財を捨てきることはできず、家電類や家具は取り壊し業者に依頼したという。

3月に家の取り壊しが始まり、兄も自分も家なき子になったので新しい家が建つ来年1月までは、帰国しても住むところがない。孫の面倒を見るという条件で子供の家に厄介になるのもどうかと思う。帰国の代わりに、世の中が落ち着けば海外に出かけようかと思っている。新型フォルツァでのツーリングも悪くない。

■議論相手
というわけでチェンライでの兄弟生活が復活した。なんといっても話し相手がいるのはいい。特に2月末のロシア、ウクライナ侵攻が始まってからは毎日、数時間は各種情報を集めて、ああでもない、こうでもないと予想してきた。一人で考えているのはつまらないが兄の見解も参考になる。

ウクライナ問題は見る側によって話が違う。ある情報が謀略の偽情報だったりする。多くの識者、ジャーナリストは産経の阿比留記者、馬渕元ウクライナ大使を始め、ロシアのウクライナ全面侵攻はないと言っていた。ロシアの侵攻によってロシアが得する合理的理由がないからだという。プーチンも侵攻はしないと言っていた。

夫婦喧嘩でも一方が100%悪いということはない。どちらにも理由がある。日本のマスメディアは国連条約を破り、一方的に侵攻したロシアが悪い、ウクライナは可哀そうという情報をもっぱら流している。真珠湾攻撃の時点から大東亜戦争を見れば、日本に非があると言われるかもしれない。でも日本は米国によって戦争に追い込まれたという経緯がある。

狂人プーチンが一方的に始めた戦争か。100年ほど経ったら、プーチンは救国の英雄と言われているかもしれない。信頼できそうなコメンテータが一様に言っていることは「この戦争の決着はどうなるかわからない」だ。欧米もロシアも嘘をつく、合意は守らない。考えてみたらロシアと中国は約束を守ったことがない。

同盟のない弱い国は強い国に蹂躙される。同盟していても都合によって反故にされる。頼りになるのは自分の力だけ、力なき正義は、正義なき力の前には無力だ。ウクライナの人に憲法9条があればロシアにやられなかったのに、という日本人はいるのだろうか。
ウクライナ侵攻から日本が汲み取る教訓は山ほどある。兄とこういった議論を交わせることは、この年になってみるとしみじみ有難いと感じる。